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東京地方裁判所 昭和30年(行)1号 判決

原告 沖田誠

被告 東京国税局長

訴訟代理人 滝田薫 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告は「被告が原告に対し昭和二十九年九月三十日附でなした審査請求棄却決定中金十万五千円を超える部分は、これを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決を求め、その請求の原因として

甲府税務署長は原告の昭和二十七年度分所得税の総所得金額を三一一、〇九八円と更正し、原告の再調査の請求を却下したので、原告は被告に対して審査の請求をしたところ、被告は昭和二十九年九月三十日附で右再調査請求却下決定を取り消し審査の請求を棄却する旨の決定をなし、原告は同年十月二日その通知を受けた。しかし同年度の原告の総所得金額は前年度分同様一〇五、〇〇〇円を超えないから、前記更正処分を是認した右棄却決定は違法である。よつて、その取消を求めるため本訴請求に及んだ。

と陳述し、被告主張事実中原告が収支を明らかにする帳簿書類を備えていないことのみ認め、預金の増加に関する事実は不知、その余の事実は総て否認すると述べた。

二、被告指定代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、答弁として次のとおり陳述した。

原告の主張事実は原告の所得金額の点を除き全部認める。

原告はその収支を明らかにするに足りる帳簿書類を備えてい

ないので、純資産の増減によりその所得を推計すると、次のとおりとなる。

(一)  建物移築費等の支出

とび職手間 一八、六五五円

建築金物   三、二〇〇円

材木代    九、四二〇円

合計    三一、二七五円

(二)  預金の増加

(イ)  沖田宥子(原告の二女。当時十才)名義の

定期預金 五〇、〇〇〇円(新設)

(ロ)  沖田誼(原告の長男。当時十六才)名義の

当座預金 一九、三七〇円(期首四三、一七二円。期末六二、五四二円。)

合計   六九、三七〇円。

(三)  生計費

甲府市における昭和二十七年の理論生計賢は一人一箇月三、一九一円であるので、原告の家族七名分の年間生計費は二六八、〇四四円以上を要したものと推定し得る。

(四)  公租公課

原告は昭和二十七年中に昭和二十六年度第三期及び第四期分市民税合計一、四六〇円を納付した。

総計  三七〇、一四九円

結局右の金額は原告の昭和二十七年度における所得から支出されたものと認められるから、右の金額の範囲内において原告の同年度における総所得金額を三一一、〇九八円とした原更生

処分並びに本件審査決定は正当である。

三、立証〈省略〉

理由

原告の昭和二十七年度分所得税の総所得金額を甲府税務署長が三一一、〇九八円と更正したこと、同署長が原告の再調査の請求を却下したことに対する原告の審査の請求に対し、被告は昭和二十九年九月三十日附で右再調査請求却下決定を取り消した上原告の審査の請求を棄却したこと、及び原告が同年十月二日右決定の通知を受けたことは、いずれも当事者間に争いがない。

被告は原告の昭和二十七年度分の総所得金額を資産の増減によつて推計するので、以下被告の推計方法が正当であるか否かについて検討する。

(一)  建物移築業等の支出について

(イ)  証人中原敏夫の証言及び右証言により成立を認める乙第一号証の三(中込幸雄に対する聴取書)の記載によれば、原告は昭和二十七年四月中に十坪の家屋一棟の移築工事を行い、右工事に働いたとび職の日当として同月末頃一一、六五五円を支出し、又同年十二月には板塀の基礎工事を行い、とび職の日当として七千円位の支払をした事実を認めることができる。

(ロ)  証人水勢伊佐久の証言及び右証言により成立を認める乙第二号証の三(伊藤博に対する聴取書)の記載並びに証人多賀谷恒八の証言により成立を認める乙第五号証の四(当座勘定元帳写)の記載の一部を総合すると、原告は同年十二月額面三、二〇〇円小切手番号八八一九四の小切手一通を振出し、右小切手は甲府市内の有限会社伊藤博金物店が同月二十四日取引銀行に持参して決済した事実を認めることができるが、右の小切手が建築金物代金の支払の為めに振出された事実については、これを認めるに足りる証拠は顕れていない。従つて原告が金物代金として三、二〇〇円を支出したとの被告主張事実は、これを認めることができない。

(ハ)  証人渡辺勇の証言及び右証言によつて成立を認める乙第三号証言の三(野中良男の答申書)並びに前記乙第五号証の四の記載を総合すると、原告は前記板塀工事に当り板塀用材木代金の支払の為めに同年十二月二十三日頃額面五、四六〇円の、同年三十日頃額面三、九六〇円の、各小切手を振出し、右小切手はそれぞれ同月二十三日及び三十日いずれも原告の取引銀行において決済された事実を認めることができる。

従つて原告の家屋移築工事及び板塀工事の為めに支出した金額中確定的に認め得るのは移築工事のとび職の手間賃と板塀工事の材木代金の合計二一、〇七五円であり、金額の不確実な板塀工事のとび職手間賃を加えると約二八、〇七五円となる。

(二)  預金の増加について

(イ)  証人渡辺勇の証言、右証言により成立を認める乙第四号証の三(富士定期預金記入帳写)並びに前記乙第五号証の四及び成立に争いのない乙第六、八号証(戸籍謄本並びに住民票

謄本)の各記載を総合すると、原告の昭和二十年一月八日生の同居の長女沖田宥子の名義で、昭和二十六年九月六日金五万円の定期預金がなされていたが、昭和二十七年五月二十三日その支払を受けると即日金一〇万円の定期預金がなされた事実を認めることができる。

(ロ)  証人多賀谷恒八の証言、右証言により成立を認める乙第五号証の三(当座勘定元帳写)及び前記乙第五号証の四、第六、八号証の各記載を総合すると、昭和十四年一月五日生の原告の同居長男沖田誼名義の当座預金の昭和二十七年一月一日現在の残高は四三、一七二円、同年十二月末日現在の残高は六二、五四二円である事実を認めることができる。

右宥子も誼も当時幼少であつたから、反証のない限り原告が同人等の名義を用いて銀行取引をしたものと認めるのを相当とする。従つて原告の昭和二十七年における預金は宥子名義で五万円、誼名義で一九、三七〇円、合計六九、三七〇円の増加を見たことが明らかである。

(三)  生計費について

原告が弁護士であることは当裁判所に顕著な事実であり、右事実と前記各認定のとおり原告が家屋の移築、板塀工事等の工事を行い、年末現在一〇万円の定期預金を有し、取引銀行と当座預金取引をなしていた事実とを考え合せるときは、原告は昭和二十七年中において総理府統計局の調査に係る平均生計費と同等叉はこれ以上の生計費を支出したものと認めるのを相当とする。そして前記乙第八号証の記載によれば原告は同年中六人の妻子と世帯を一にしていた事実を認めることができ、体裁及び印刷内容により総理府統計局の発行した印刷物であると認め得る乙第七号証(昭和二十七年消費実態調査年報)の記載によれば、同年中における甲府市居住者の一世帯当り一箇月間の支出生計費の年間平均金額は一七、〇〇八円、同年間平均世帯人員は五三三名であり、従つて一人一箇月当り年間平均支出生計費は三、一九〇円九九銭であることを認め得るから、原告は同年中に二六八、〇四三円以上の生計費を支出したと推認することができる。

(四)  公租公課について

成立に争いのない乙第九号証の記載によれば、原告は昭和二七年中に昭和二十六年分市民税第三期分及び第四期分各七三〇円、合計一、四六〇円を納付した事実を認めることができる。

(五)  従つて原告は昭和二十七年中に前記約七千円のとび職手間賃を除いても合計三五九、九四八円以上の金額を支出したことが明らかであり、右は原告の同年中の収入によつてまかなわれたものと推定するのが相当であるから、原告は同年中に右金額以上の所得を得たものと認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠は顕れていない。原告は同年中の総所得金額は一〇五、〇〇〇円を超えないと主張するが、右の主張は前記各認定事実に比するときはこれを採用することを得ない。

従つて甲府税務署長が原告の昭和二十七年度所得税の総所得金額を右所得金額以下の三一一、〇九八円と更生した処分は適法であり、これに対する審査請求を棄却した本件処分も適法である。よつて原告の請求を棄却し、訴訟費用は民事訴訟法第八十九条により敗訴当事者である原告に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 大和勇美)

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